ホスピス旅日記’97 ① (第一回)

~アイルランドから日本に舞い降りるホスピス! 隈崎行輝~

はじめに

今から、8年前のことだった。アメリカへホスピスと英語を勉強するために行った。その時の記録を「ホスピス旅日記」と題して当時のオアシスに連載した。

これはアメリカ、そしてヨーロッパ(スイス、フランス、イギリス、アイルランドなど)に飛んで、何カ国かの国を周って、帰ってきたのだった。
そんなことを書いている。それは今読んでも、少しも違わないと、周りのみんなから言われた。それで、みなさんに読んで欲しいと思いました。(2005年)

 

ホスピス旅日記’97 ①(第一回)

今度、アメリカへ行くことになりました。1月末から約6ヶ月シアトルへ行って来ます。と言えば非常に突然に聞こえますが、私なりにだいぶ前から心づもりもし、少しづつその準備も進めて来たものでした。

 

最初にその思いが起こったのは一昨年の12月、オーストラリアへ研修ツアーへ行った時です。それまでには、アメリカやカナダへ行っても、言葉についてはそんなに気にもなりませんでした。自分たちがうまくしゃべれない分、「通訳の方がいれば十分」という風に思っていました。

それがオーストラリアへ行ったとき、なぜか英語をもっとちゃんと勉強しなければという強い思いをいだいたのでした。やっぱり通訳を介してだとどうしても間接的になり、細かいニュアンスが理解できない、心の機微のようなものがどうしてもうまく理解できない、という感じを持ちました。

英語で話されるならそれを、「直接」に理解したいと思いました。

 

自分がそういう時期に来ていたのかも知れません。言葉を学ぶには現地に行くよりしくはなく、どこに行くかについては、いろいろ考えた末、今まで縁の深かったシアトルに行くことに決めました。

 

そうは思っても昨年は2月からリーさん達のワークショップ、7月には山崎氏の講演会、11月には九州ネットワークの交流会とあり、なかなかその機会を捕らえることができませんでした。

交流会も終わり九州ネットワークも少し形を見せ始め、オアシスも留守中は編集長を交代し、みんなで継続して発行して行けそうですので、この機会に短期間?(6ヶ月)集中的にシアトルへ行かせてもらおうと思いました。

 

最近は入国審査がかなりきびしいというアメリカですから、ビザのことについても少なからず苦労しましたが、それも無事取得し、まもなく出発というところなんですが、英語だけではなく、もちろんホスピスについてできるかぎり学んで来ようと思います。

ただし、あまりテーマを絞らず、ホスピスに限らないで、いろんな事に刺激を受け、いろんな事について体験してきたいという風に思います。

年なんかには関係なく受けられる分は精一杯受けてきたいという風に思っています。

 

このオアシスにもシアトルで何に出会ったか、どんな風にしているか、短い文章だけど書き送りたいと思っています。どうぞシアトルに行ってもよろしく。

 

             船の上から
             船の上から

一月二十七日、無事にアメリカに到着しました。このオアシスで連載を書いてもらってるT氏が空港まで迎えにきてくれていましたが、シアトルはあいにくの曇天、今まで二度もシアトルを訪ねていますが、いつも美しく晴れたシアトルしか見たことがなかったので、ずいぶん違った印象を受けました。

 

これは一週間位のツアーで来たのと、短い間にしろ「住む」ために来たのとでは自分自身の方に違った感覚があったのかも知れません。

 

ところでこのアメリカ行きについては多くの人から応援を受けていたことに出発間際になって気付かされました。まずあまり元気ではない父が、「勉強になるのだったら行ってこい」と自分は寂しくなるにもかかわらず快く言ってくれたこと、その父を留守中サポートするためにボランティアをしてくれたり、訪問看護をしてくれる人、オアシスの発行や九州ネットワークの仕事、その他、生と死のこと、郵便物の管理等を引き受けて「後のことは引き受けるから心置きなく行ってきてよ」と言ってくれた人たち(時々、福岡から「留守番通信」がシアトルに届くことになっています。)また出発も近づいてくると、遠くの人たちからも電話やハガキ等で「しっかり楽しんでおいで」または、「頑張ってきて」等のエールを幾つも受けました。

 

お餞別もたくさんいただき、こうしてみんなから背中を押されるように送り出されて来ました。そういう風になるとは最初は思っても見ませんでした。反対があるかもしれないけど、行くほかないだろうなと思っていました。そういう訳でこの六ヶ月というものをけっして無駄にはできないなと心をひき締めているところです。

 

さてアメリカに来て、わりあい外国での生活というものには慣れている方ですが、やはりまだまだ言葉の障害というものがあります。その辺、T氏のサポートがあるため大変助かっています。外国での生活に慣れるためにエネルギーを使うということは最低限押さえて、今度の旅の目的に力を集中したいと思っています。目的とは英語とホスピス、そして出会いを拡げることです。

 

ところで皆さんに報告したいことがあります。カウンセリング講座で講師をしていただいている清原氏が、アメリカのアリゾナに数ヶ月前から来られていますが、その清原氏がアリゾナから私たちに会うために、飛んできてくれました。同じアメリカだと言っても、飛行機で三時間かかる距離、福岡と北海道くらい離れています。

 

シアトルにはすでに大木松子さん(牧師でバングラデシュと手をつなぐ会)も来られていて、四人で集まりました。四人で一緒に来たのではなく、みんなそれぞれの時期にそれぞれの目的を持って来たものがこうしてアメリカのシアトルで会うということは、どうも不思議な感じのするものです。その上に四人ともホスピスに深い関心を持っています。

 

最初の夜はT氏のアパートで鍋をつつきながらカウンセリングのこと、ホスピスのこと、教育のことなど遅くまで語り合いました。

 

次の日は四人でプロピデンスホスピス(リーさんたちのホスピス)のボランティア講座の一こまを受けさせていただき、その後ディレクターのスミスさんと話しました。清原氏は三日間シアトルにいて、またアリゾナに飛んで帰られました。シアトルにいる間カウンセリング講座のための資料も沢山仕入れて帰られ、また私たち四人にとっても大変有意義な三日間だったと思います。

 

語学学校も始まり、三、四日前より、ケイローナーシングホーム(日系二世が創った老人ホーム、以前のツアーで二回訪問している)でボランティアも始めました。また今夜(二月九日)はマークさん宅を訪れることになっています。少しずつ人との出会いが始まっています。シアトルでの生活は始まったばかり、これから人の輪が拡がっていくことでしょう。

 

簡単ですが、毎月報告していきます。

 

ではまた